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by HALinNT

ゆっくりと君の右目にカミソリの刃が吸い込まれていく

チェーン展開の汚い居酒屋のカウンターで僕は
ほうれん草なんかを見つめながらお酒を飲んでいて
その右に二席空けた向こうに、僕と同じようにテーブルの模様を見つめている
ねずみ色のコートを着たままのおじさんが座っていることは
なんとなく気配でわかる

僕の後ろからはガヤガヤとした明るい話し声や笑い声が聞こえるけれども
いったいそれが何グループいて何人なのかは
全然解らない
物音一つださないおじさんを見えない目で見ている方が、まだはっきりとしている

これじゃあまるで別々の星にいるみたいだね と思うと
僕は不思議に楽しくなってきて
好きなSF作家を一人ずつ思い浮かべてみたりする
死んでるのと生きてるのを分けて

ヴォネガットまできた辺りで死んでる方が多いことに気がついて
僕はほうれん草の色が分からなくなるんだけれども
ここは外だから泣くわけにもいかないし もちろん僕の本棚も無いわけだ
それなら残ったお酒をすすって さっさと帰ればいいんだけど

僕は今日は隣の隣の隣のおじさんよりも先に帰らないって決めてたから
右の壁から薄黄色に汚れた岡本夏生が僕を見て笑っているけども
女の子に笑われるのは慣れているし 声が聞こえない分ずっとましだ
もしかすると僕の耳がダメになってるだけかもしれないけど ね

僕は明日の朝 髭を剃ろうとして失明する予定なんだけども
そしたら君も一緒に何も見えなくなってくれると 僕はとても嬉しい

ところで僕はいつになったら帰れるのだろうか
おじさんなんて最初からいないし 僕は家に閉じこもったままだ
by HALinNT | 2009-09-28 20:12 |